高校時代、僕は帰宅部に所属していた。
ただ担任の先生が放送部の顧問をしていた関係もあり、体育系の大会で放送部の仕事が忙しくなると、その手伝いに借り出されていた。
これはそんな、高校時代の甘い思い出。
その1つである。

放送部には合宿があった。
「合宿してなにするの?」という声もあるだろうが、実はかなりやることがある。
あまり知られていないが、放送部にも大会があった。
体育祭とか高校野球とかを取材したビデオテープを編集し、1つの「作品」をつくって人気投票をして順位を決める・・・。
簡単に説明すると、そんな大会である。
それにエントリーするための作品作りは、当然ながら時間もかかるし、ナレーションを重ねられるくらい静かな環境が必要。
夜の学校はそれに最適な訳で、学校に1泊2日の合宿でそれを仕上げるのが毎年恒例となっていた。
今年も夏休みに入ってすぐ、放送部員8名による合宿が実施されたのである。

「あれ?この前の球技大会の素材は?」
そう言ったのは3年生の鈴木先輩。
放送部の部長にしては爽やかな男で、実は女子から結構人気がある。
確か体育館だったかな・・・と思いながら、テロップ操作に集中していた僕は答えなかった。
「あ、体育館にあったよ」
答えたのは3年女子の山口先輩。
副部長で器量良し、僕も憧れている女性である。
背中まである黒い髪がトレードマークの彼女は、部の中でアナウンサーをやっていて、こちらも綺麗系の人気者だった。
「・・・すぐ使うわけ?」
嫌そうな言葉が続く。
誰だってこんな時間に学校内をウロウロしたくはない。
「これから編集に入るんから、とってきてよ」
全く人使いが荒い部長である。
「・・・仕方ないか」
と山口先輩。
歳は1つしか違わないけど、さすが先輩だなぁ・・・と思って振り返った僕の目の前に、その山口先輩の笑顔があった。
「一緒に行こうよ」
「え?俺っスか?」
他にも誰か・・・と思って部室の中を見回すと、奥の方に女子部員が2人いるだけで、他は仮眠を取っているらしい。
「仕方ないッスね、行きますか」
ここで断るのはカッコ悪いと思ったし、僕自身はあまり迷信を信じない方だし・・・。
「ありがと♪」
と山口先輩。
「いえいえ、お役に立てれば・・・」
僕は山口先輩の後に続いて放送部の部室を後にした。

「雨みたいだね」
体育館通路の入口で、窓の外を見ながら先輩が言う。
「天気予報では晴れだったんですけどね」
僕は先輩から懐中電灯と体育館の鍵を受け取った。
ここから先が噂の体育館通路である。
体育館まで約50メートル。
外に照明がないから、窓はあるけど完全に真っ暗だった。
しかも常識的に変だと思うのだが、照明のスイッチは体育館の中にしかない。
僕は懐中電灯を点けた。
まあ思ったより明るかったのは意外だったが、この場合は逆にありがたい。
僕はそのまま歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
先輩が僕の腕を掴み、そのまま手を握られる。
ちょっと予想外の反応でちょっと驚いたが、まあ女の子にて手を握られるのは嫌じやない。
これはラッキーかも♪
さっきまでは面倒に思っていた僕も、今はかなり上機嫌モード。
繋いだ手をしっかり握り、そのまま先に歩き出した。

体育館の扉は、いつもより少し重く感じた。
吸い込まれそうな暗闇に僕は少し怯みそうになったが、左手に先輩の体温を感じてる今はそうはいかない。
怯んでいるのが左手から伝わらないように、少し強がりなが平然と暗闇の体育館に踏み込んだ。
「なんだ結構・・・」
平気・・・と言いかけた時、その言葉は突然の落雷の大きな音と、先輩の悲鳴がかき消してしまう。
僕も思わず持っていた懐中電灯を放り投げてしまった。
まだ耳の中で落雷の音が響いてい気がする。
「・・・大丈夫ですか?」
「うん・・・ちょっと驚いただけ」
とっさに軽く抱きしめてしまったその肩は少し震えていた。
放り投げてしまった懐中電灯は消えてしまっていて、既に周囲は暗闇に包まれている。
「一旦戻りましょう、明かりもないし・・・」
手を握ったまま歩き出した僕だったが、何かに足を取られて先輩ごと転んでしまう。
「な、なにこれ?」
それは体育館を仕切るネット。
部活ではいつもクールに何でもこなしている先輩の、意外な一面を見てしまったようで、なんかすごい嬉しかった。
「先輩、まずジッとしてください。少しすれば目が慣れてくるんで・・・」
僕は出来るだけ落ち着いた声で言う。
先輩が頷いた気がした。
事実、変形体育座りのような転んだ直後の状態のまま、僕の左手は先輩の右手と繋がれていて、僕の右手は先輩の肩を軽く抱いているが、体育館自体が真っ暗だったため、「そこに彼女がいる」と保証してくれるのはその両手の感触と、まだ荒い息遣いだけ。
まだ目が慣れてないせいか、姿は全く見えなかった。

・・・それにしても、僕は何をやってるんだろう。
憧れの先輩と抱き合ってるのはすごい嬉しいが、まさか母校の真っ暗な体育館で、魚のように網に絡まれながらそうなるとは・・・。
「結構、男らしいんだね」
「え?俺ですか?」
いきなり言われたので、嬉しいより驚きが先になってしまう。
「うん、ちょっとカッコ良く見えた」
「いや暗くて見え・・・」
そこまで言った時、僕は自分の額に先輩の額を感じて言葉を止めた。
少し後に呼吸が重なり、僕の唇に何かが触れる。
あまりにも意外で突然のことだったので、それが「キス」という行為だと時間するまで、少し時間がかかった。
しばらくそのまま、静寂の時間が流れる。
それからはお互い、そのまま動けなかった。
僕はその行為の理由を聞きたかったが、しばらくするとそんなことどうでもよくなってしまう。
先輩が何も言わない理由は分からないけど、僕は何か言葉を口にするとこの今が壊れてしまいそうで、怖くて何も言えなかったのである。
僕たちはどちらからともなく一旦唇を離したが、その後すぐに僕がもっと強く抱きしめ、どちらからともなくまた唇を重ねた。

「お〜い、大丈夫か〜」
部長の声と体育館の扉が開く音で、僕たちは一瞬で我に返り、まるで磁石の同極になったかのごとく反射的に適切な距離を取った。
「だ、大丈夫です。このネットを何とかしてください」
僕の言葉で部長の持っている懐中電灯の光が僕たちを照らす。
「お前ら、それは新しい遊びか?」
部長は他の何人かの部員達と笑いながら、僕たちに絡まったネットを外してくれた。
僕が山口先輩の様子を伺うと、いつもと何も変わらない笑顔。
「さっきの雷で今は停電なんだ。お前らが怖がってると思って迎えに来た訳さ」
僕と山口先輩は顔を見合わせた。
「電力会社に電話したら、1時間くらいで直るらしい。それまでみんな部室で待機だな」
確かに電気がないと編集機器は動かない。
僕たちは部長に続いて部室に戻り、電気が戻るまで他愛も無い話をして待つとにした。
もっとも僕にとっては、気持ちが高ぶってそれどころではなかったが・・・。

その合宿で無事に「作品」は完成した。
僕たちにしてみれば渾身の作品だったが、賞に入ることは出来なかったのは非常に残念だった。
その後秋が始まろうとする10月初め、3年生の先輩達は受験のために「引退」となる。
僕もそれから忙しくなったので、その後あまり放送部には関わらなくなっていく。

・・・ちなみに僕が忙しくなった理由は、山口先輩と一緒にいる時間が増えたからだった。
 
 

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