街のからちょっと外れた、海の見える公園にそれはあった。

今から数十年前の高校時代。
あまり家にいることが好きじゃなかった僕は、暇さえあればそこで過ごしていた時期があった。
特に何をする訳でもなく、なんとなく本を読んだり、ボーッと何かを考えたり・・・。
そんな場所だった。

いつもは1人で行くそこに、1度だけ女の子を連れて行ったことがあった。
1つ年下の彼女は同じ学校の後輩で、まあ普通に可愛かった。
そんな彼女を「恋人にしたい」という気持ちが、自分の中にあったことは否定できない。
細かいことは忘れてしまったが、帰りがけに偶然一緒になって、なんか分からないけどお互いに時間があり、なんとなくその場所に行くことになった筈。
僕の行きつけの場所だから、多分僕が誘ったんだろう。

その日は少し肌寒い、天気が良い秋の日。
ずっと向こうまで続く海を眺めながら、彼女とは色々な話をした。
お互いクラスの事から始まり、家族のことや友達の事、中学校の頃の思い出・・・。
どんな事でも笑顔で話せそうな気がした。

彼女との時間が楽しいせいか、秋の放課後はすぐに日が傾いていく。
青空は次第に濃くなり、やがて星が姿を現した。
何気なく時計を見ると、ここに来てから数時間が経っている。
その頃になると、たまに会話も途切れるようになった。
「先輩、彼女いるんですか?」
突然の彼女の言葉に、一気に汗が噴出してくる。
「少し前に別れたけどね」
いないというのが恥ずかしい気がしたから、思わずそう言ってしまった。
またちょっとの沈黙。
「キスって・・・したことありますか?」
ドラマでしか聞いたことのないセリフが、今まさに僕の目の前で話されていた。
どうして女の子は、こんな事平気で言えるんだろう?
「あるよ」
正直嘘だったけど、チャンスだと思った。
彼女の腕を引っ張り、軽く抱き寄せる。
「今してみようか?」
精一杯の僕の声。
少し震えているのは寒いせいだと自分に言い聞かせた。

僕たちは少しの時間・・・多分1分くらい、そのままだった。
その気になればいつでもいつでも奪える距離に彼女の唇があり、それが今だに信じることが出来ないでいる。
彼女に嫌われてしまいそうで怖かった。
憧れていた「キス」という行為がこんなに怖いものなら、むしろそんなものしない方が幸せな気さえした。
「誰か来ますよ」
彼女の言葉で僕は腕を離す。
「・・・冗談だよ」
そう言うのが精一杯だった。

お互いに元の位置に戻り、またしばらくの沈黙。
「先輩、ちょっと本気だったでしょう?」
彼女が笑顔で言う。
「ちょっとだけね」
僕も笑顔で返した。
完全に否定するのも変だと思った。
「正直、ちょっと痛かったです」
なんて答えていいか分からなかった。
「・・・今度はもっと優しくしてくださいね」
表面上は平静を装っていたが、心の中では大きいガッツポーズ。
生まれて初めて、僕に彼女が出来た瞬間だった。

結局僕のファーストキスは、彼女とそれから3ヶ月後。
クリスマスの前日のことだった。

ちなみに今も、この東屋は存在している。
ただし海岸が埋め立てられて倉庫が建ったしまったので、もう海は見えなくなってしまったが・・・。

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